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東京地方裁判所 平成6年(ワ)1007号 判決 1995年11月07日

原告

高木幸子

右訴訟代理人弁護士

渥美雅子

被告

長谷実業株式会社

右代表者代表取締役

長谷純明

右訴訟代理人弁護士

清水紀代志

堀廣士

藤重良文

主文

被告は原告に対し、五〇万円及びこれに対する平成六年二月四日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、これを一〇分し、その一を被告の負担とし、その余は原告の負担とする。

この判決は、主文一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告は原告に対し、五八六万四九六〇円及びこれに対する平成六年二月四日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告と被告との間に、原告の被告に対するサービス業務委託契約書及び入店誓約書に基づく一三六万五九二〇円の債務の存在しないことを確認する。

第二事案の概要

被告の経営するクラブでホステスとして勤務していた原告は、被告に勤務するに際し、同業他者(ママ)に対し負っていた顧客未収売掛金支払保証債務の支払のために被告との間で消費貸借契約を締結し、この支払を原告の毎月の賃金からなし、また、被告との間で締結した顧客未収売掛金支払債務を連帯保証内容とする契約に基づきこの保証債務の支払をなした。

本件は、原告が被告に対し、原告との間で締結した右各契約はいずれも公序良俗等に違反した無効の契約であるとして、不当利得返還請求権に基づいて、支払金の返還を求めるとともに、被告との間の右保証債務不存在の確認と即時解雇による解雇予告手当とを請求した事案である。

一  争いのない事実

1  当事者関係

(一) 被告は、肩書地に本店を置き、都内各地でレストラン、スナック、バー等を経営している。

(二) 原告は、平成四年五月六日から平成五年七月九日まで被告の経営するクラブ「ロングリバー」店(東京都中央区<―以下、略>所在)に「英里」という源氏名で勤務していた。

2  サービス業務委託契約の締結と入店誓約書の差し入れ

原告は、被告に勤務するに際し、被告との間で、「サービス業務委託契約」(以下「本件サービス業務委託契約」という。)を締結し、被告に対し、「入店誓約書」を差し入れた。

右契約と誓約の内容の概要は次のとおりである。

(一) 原告は、被告の経営するクラブ「ロングリバー」店内で遊興飲食業を営む。

(二) 被告は原告の右営業を認め、原告にサービス業務を委託したものとして、原告に毎月業務委託料を支払う。

(三) 原告は、クラブ「ロングリバー」店の売上げに積極的に協力するものとし、売上金は原告が売上げると同時に直ちに被告が保管する。

(四) 顧客に対して売り掛けた飲食代金については、原告が顧客と連帯してその支払を保証する(以下「本件未収売掛金連帯保証契約」という。)。

(五) 原告は、被告から二〇〇万円を借り入れ、これを平成四年六月一〇日から毎月一〇日限り一〇回に分割して支払う。

3  勤務条件

(一) 賃金

賃金は毎月一〇日支給の日給月給制で、日額は三万六〇〇〇円(但し、後日三万五〇〇〇円となった。)を基本とするが、純売上げ(客の飲食代金)が月額五〇万円に満たない場合は、その差額一〇万円毎に日給は四〇〇〇円減額され、五〇万円以上売上げた場合はその差額一〇万円毎に日給は二〇〇〇円増額される。

(二) 勤務時間

勤務時間は午後八時から午後一一時四五分までとする。

但し、純売上金が月額三〇万円に満たない場合は午後七時三〇分からとする(出勤時はタイムカードに刻印する。)。

遅刻は一五分毎に日給の一〇パーセントをカットする。私用外出も同様とする。午後九時以降の出勤、午後一一時以前の早退は欠勤とみなす。

(三) 店内における指揮監督

被告の常務取締役香川収は、クラブ「ロングリバー」店に勤務していたホステス等の勤務を日常的に指揮監督していた。

4  二〇〇万円の消費貸借と賃金からの支払

原告は、被告に勤務するようになった数日後、被告から本件サービス業務委託契約の前記2の(五)の約定に基づき二〇〇万円を借受け(以下「本件消費貸借契約」という。)、平成四年六月分の賃金から毎月一〇日に二〇万円宛一〇回に分割して支払った。

5  本件未収売掛金連帯保証契約上の債務の存否についての争い

被告は原告に対し、本件未収売掛金連帯保証契約に基づく顧客に対する未収売掛金保証債務として一三六万五九二〇円があると主張して、この支払を請求している。

二  争点

1  本件サービス業務委託契約の雇用契約性の有無

(原告の主張)

本件サービス業務委託契約は、勤務場所がクラブ「ロングリバー」店内と定められ、勤務時間も午後八時から午後一一時四五分までが拘束時間と定められており、勤務も被告の指揮監督の下にあったのであるから、労働契約そのものであり、相互に独立した対等の営業主体による営業活動の協力関係にはなかった。

(被告の答弁)

原告と被告との関係は、一方では労働契約関係にあるが、他方では相互に独立した対等の営業主体による営業活動の協力関係にもあり、いわば二面的性格を有していた。

2  解雇予告手当の請求権の有無

(原告の主張)

被告は原告に対し、平成五年七月二日、同日付をもって解雇する旨の意思表示をした(但し、勤務は同月九日までなした。)。

(被告の答弁)

被告は原告に対し、解雇の意思表示をなしたことはない。

被告は原告に対し、被告の経営する他の店のクラブ「ロングバレー」店で勤務することを勧めたところ、原告は、同店は自己の能力に合わないといって任意に勤務を拒絶したのである。

3  不当利得返還請求権の有無

(一) 本件未収売掛金連帯保証契約の公序良俗違反性

(原告の主張)

本件未収売掛金連帯保証契約は、被告がその優越的地位を利用して原告に苛酷な負担を強い、原告の負担において一方的に代金回収の利益を得ようとするものであり、しかも、原告の退職の自由を制約することにもなるので、特段の事情がない本件にあっては公序良俗に違反して無効である。

被告は、本件未収売掛金連帯保証契約に基づき、原告の平成四年一〇月から平成五年六月分までの賃金のうちから合計三三六万四九六〇円の支払を受けた。

(被告の反論)

原告は、売掛金の額を原告の関与の下に管理することができたし、売掛金の回収、顧客の信用性の判断は原告のみがなし得たのである。原告と被告との間で原告の月間売上高を五〇万円とする旨の合意がなされていたが、この合意はノルマを意味するものではなく、単に目安を定めたに過ぎず、原告が高額な収入を得ようとしなければ売掛の客の接待を断れば保証債務の負担の発生することを避け得たのである。また、原告に売掛金の回収責任がないとすると被告の経営は成り立ち得ないのである。

(二) 本件消費貸借上の債務二〇〇万円の支払義務の有無

(原告の主張)

原告は、被告において勤務する以前は同業他者(ママ)の経営するクラブ「プアゾン」店においてホステスとして勤務をし、その業者に対し顧客未収売掛金二〇〇万円弱の連帯保証債務を負っていた。

原告の本件消費貸借上の債務二〇〇万円は右債務の支払のためであったのであり、被告は、このことを知っていた。

そして、被告は、前述したとおり原告の賃金のうちから右債務の支払を受けたのであるが、この支払は前借金と賃金との相殺を禁止した労働基準法一七条、支払賃金の四分の三に相当する部分の差押を禁止した民事執行法一五二条、差押禁止債権を受働債権とする相殺を禁止した民法五一〇条に違反し無効であるばかりか、本件消費貸借契約は、右同業他者に対する公序良俗に違反した保証債務の支払のためであったから、公序良俗に違反して無効である。

第三争点に対する判断

一  本件サービス業務委託契約の雇用契約性

被告は、本件サービス業務委託契約が労働契約としての法的側面を有することを認めつつも、相互に独立した対等の営業主体による営業活動上の協力関係としての法的側面をも有していた旨を主張する。

なるほど、本件サービス業務委託契約及び原告が被告に差し入れた前記入店誓約書の趣旨内容によると、原告は、被告から本件サービス業務委託契約に基づき、毎月委託料の支払を受けてサービス業務の受託をし、被告の経営するクラブ「ロングリバー」店において遊興飲食業を営むというのであるから、被告の経営するクラブ「ロングリバー」店において独立した遊興飲食業を営むかのようである。

そこで、原告の勤務実態をみるに、証拠(<証拠・人証略>、原告本人の供述)によると、次の事実を認めることができる。

原告がクラブ「ロングリバー」店において接客した顧客は原告が同店において勤務する以前からのいわゆる馴染み客及び原告が同店に勤務した以降に原告が営業努力により新たに開拓した得意先であって、被告は、これらの客に関しては来店した際にその名字を知る程度でこれ以上の勤務先、信用度等の個人情報に関する調査を全くせず、これらは原告らホステスの判断に委ねられていた。したがって、原告らホステスは、接客した顧客の住所、電話番号、職業、勤務先、性格、信用度等を把握しており、このようなことから原告らホステスは自己の顧客の管理をしているということができる。このようなことから、原告らホステスは、これら顧客に対し売掛けをするか否かを決めることができ、被告はこの判断に事実上従っており、そして、売掛代金の回収については、原告に関してみれば、原告が直接顧客に請求する方法をとっており、被告においてこれを請求することはしなかったし、また、被告においては、売掛代金の回収方法につき顧客から直接被告の銀行口座に振込み送金する方法と原告らホステスの銀行口座に振込み送金する方法とがあったが、原告に関しては、原告の希望により原告の銀行口座に振込み送金する方法をとっていた。そして、原告は被告に対し、右売掛金を売掛けをした日から六〇日以内に清算する義務を負っており、この期日までにこの清算をすることができなかった場合には、本件未収売掛金連帯保証契約の定めるところに従い、未精算金を原告の賃金から控除するという方法で決済していた。

なお、被告は、原告らホステスには基礎日額を定め、原告についても前述したとおりの基礎日額を定めていたが、このことは被告らクラブ経営者は一般的にホステスの売上高に応じた歩合制の支給を望むものの、この支給形態にあっては原告らホステスの売上げが毎月一定しているとは限らず、時としては売上が極めて少ない月もあり、原告らホステスの生活を安定することができないので、原告らホステスの生活を保証する意味で右基礎日額を定めていたことにある。

以上の認定事実によると、原告の接客した顧客の管理及び売掛金の管理等は原告においてなしていたというのであるから、原告は、被告から提供を受けたクラブ「ロングリバー」店において遊興飲食業を営んでいたことは否定できない。しかし、原告の右営業も、前記争いのないところから明らかなとおり、被告の強い制約の下においてのみなし得るところであったのである。すなわち、前記争いのない事実によれば、売上高の最終的な帰属者は原告にはなく被告にあったのであり、原告は、賃金として一か月の純売上高五〇万円を基準として歩合給部分が定められていたものの、基礎日額が定められた日給月給制の下で支給を受けており、勤務時間制が採用されていて、これについてはタイムカードによって管理されたうえ、勤務時間を厳守するために賃金の減額措置がなされており、原告らホステスの勤務については被告において指揮監督をしていたというのである。

このようにみてくると、本件サービス業務委託契約は、原告がクラブ「ロングバレー(ママ)」店において遊興飲食業を営むことは形式的側面においてであって、その実質は、原告が同店においてホステスとして接客サービスという労務を提供し、被告が原告に対し歩合給を含む賃金を支払うという契約、すなわち、労働契約ということができる。

二  解雇予告手当請求について

本件サービス業務委託契約が労働契約の実質を有することは前述したとおりであるから、原告と被告との勤務関係につい(ママ)いては労働基準法が適用される。

ところで、被告は、クラブの外に、スナック、焼肉店、不動産業を経営しており、クラブとしては、「ロングレ(ママ)バー」店の外に、「ロングバレー」、「ロングヒル」各店を経営していたが、平成五年五月ころからクラブ営業は経営困難な状況に陥った。そこで、被告は、そのころクラブ「ロングレバ(ママ)ー」店を閉鎖することとし、同年七月二日、突然原告らホステスに対し、同日をもって同店を閉鎖する旨を述べた。これに対し、原告らホステスは、突然勤務できないこととなると生活をすることができないので継続勤務させて欲しい旨要望したところ、被告は、この要望を入れ同日の閉店を取り止めたものの、同月九日に同店を閉鎖し、このため原告らホステスは被告において勤務することができなくなった。このようなことから、原告は、その後、被告と本件未収売掛金連帯保証契約上の債権債務の清算についての交渉をし、同年九月、原告が被告他(ママ)に勤務することができるときまで分割弁済の希望を述べたところ、被告代表者は、勤務先がないのであれば右クラブ「ロングバレー」店で勤務することを勧めた。しかし、原告は、原告の希望が受け入れな(ママ)れなかったことなどから、この勧めを断った。

右認定事実によると、被告が原告に対し、平成五年七月九日、クラブ「ロングリバー」店を閉鎖する旨を述べたことは解雇の意思表示の趣旨であったと認めることができる。そうすると、被告は原告に対し、労働基準法二〇条一項本文に従い三〇日分の平均賃金の支払義務があるところ、証拠(<証拠略>)によると、この平均賃金額は原告の主張する額以上であることを認めることができる。

したがって、この点に関する原告の主張は理由がある。

三  不当利得返還請求権の有無

1  本件未収売掛金連帯保証契約の有効性について

本件未収売掛金連帯保証契約の公序良俗違反性の有無については次の五つの観点から総合的に判断すべきである。すなわち、<1>原告の実質的関与の機会のないうちに被告と顧客との意思と都合とによって保証債務額が際限なく高額となり原告に苛酷な負担を強いることとなるか否か。<2>顧客に対する売掛代金の回収は本来被告においてなすべきであるにもかかわらず、被告が優越的立場を利用してその負担と危険とを回避して原告の負担において一方的に代金回収の利益を得る結果となるか否か。<3>保証債務を負担することが原告の退職の自由を著しく制約することになるか否か。<4>顧客の信用性に関する判断を原告に負担させることにそもそも無理があるか否か。<5>売上げに関するノルマがあって原告が売掛けを断ることが事実上困難であるか否かという観点である。

そこで、これを本件について検討する。

先ず、<1>の観点についてみるに、前記認定事実によると、原告の顧客は馴染み客であって、顧客に売掛けを認めるか否か、認めるとした場合の額の決定は被告にはなく原告にあったというのであるから、保証額の多寡が原告の関与する機会がないうちになされ原告に苛酷な負担を強いることとはならなかったので、原告には<1>に該当する事由は存しなかったということができる。

次に、<2>の観点についてみるに、被告は、売掛代金債務者に対する債権者とはなるものの、この債務者に対する代理受領権限は原告に委ねられており、原告は、この権限に基づいて右債権債務の管理をし、売掛代金発生日から六〇日以内にこの清算をなすこととなっており、この清算ができないときは本件未収売掛金連帯保証契約に従いその分を原告の賃金から清算のために控除されていたというのであり、原告の供述によると、原告は、被告との労働契約関係終了後の今日に至るまで、その額は明らかにしないものの、右売掛金の請求をなしこの支払を受けているというのであるから、顧客に対する売掛金の回収は原告の希望するところに従って原告においてなしていたということができ、したがって、原告には<2>に該当する事由は存しなかったということができる。

また、<3>の観点についてみるに、後記認定するところによると、クラブ業界においては経営者とホステスとの間で顧客未収金支払債務を連帯保証内容とする契約の締結されていることが常態であり、ホステスが同業他者(ママ)の経営するクラブでホステスとして勤務するには右保証債務を清算することが慣例となっており、この清算なくしては同業他者もホステスを勤務させることにはばかりを感じて事実上雇用しないというのであり、また、ホステスも同業他者のクラブで勤務するには右保証債務を履行することが必要でこれをすることなく同業他者のクラブでホステスとして勤務することは事実上できないというのであるから、右のような保証債務の存在はホステスの退職の自由を事実上制約しているということができる。しかし、(人証略)によれば、ホステスが同業他者のクラブで勤務する以外には右保証債務の存在はホステスを何ら制約することはなく、勿論退職することは右保証債務の存否とは何ら関わりがなく、原告と被告との間にあっても同様であったことを認めることができるから、本件未収売掛金連帯保証契約の存在が原告の退職の自由を拘束することにはならなかったといえる。したがって、原告には<3>に該当する事由は存しなかったということができる。

そして、<4>の観点についてみるに、前記認定事実によると、顧客の信用性に関する判断をも含めた顧客の管理は原告がなし得る立場にあって原告がなしていたというのであるから、原告には<4>に該当する事由は存しなかったということができる。

最後に<5>の観点についてみるに、原告の賃金が日給月給制で、日額は売上高によって増減するから、原告の月額賃金は売上高に応じて増減することは前述のとおりであるが、(人証略)によれば、被告においては原告との間でノルマを定めてはおらず、売上高の増減も原告の営業努力次第によっており、保証債務を残存させたまま退職することも自由であったことを認めることができる。したがって、原告には<5>に該当する事由はなかったということができる。

以上のとおりであるから、本件未収売掛金連帯保証契約に公序良俗違反にあたるところはないのであるから、これが公序良俗に違反した無効な契約であるとの原告の主張は理由がなく、したがって、これを無効とした不当利得返還請求も、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

2  本件消費貸借上の債務の効力について

証拠(<人証略>、原告の供述)によると、次の事実を認めることができる。

原告は、被告との間で本件サービス業務委託契約を締結する直前は同業他者(ママ)の経営するクラブ「プアゾン」店においてホステスとして勤務していたが、同店が経営悪化から閉店するのではないかとの噂を聞いた平成四年四月ころ、被告の常務取締役香川収から被告の店舗においてホステスとして勤務することの勧誘を受けて面接を受けた。そして、原告は、同年四月中旬ころ、クラブ「プアゾン」店の経営者から同店を同月末をもって閉店しカラオケスナック店として再営業することとなった旨を知らされたので、被告の店舗においてホステスとして勤務することを決心した。しかし、原告は、右経営者に本件未収売掛金連帯保証契約と同様の契約内容によって負っていた保証債務約一六〇万円が存した。ところで、ホステスが同業他者の経営するクラブ店に勤務を変更するには右のような保証債務を清算することとなっており、この清算をしないホステスを同業他者がホステスとして雇い入れることは事実上していない。そして、ホステスが右清算をするためには新たな経営者から借り入れをし、後日、前の勤務先店の顧客から未収売掛金の取り立て回収をなし、これにより、あるいは自己の賃金から右借入金の支払をすることがなされていたのであり、これらのことはクラブ業界においての慣例となっていた。そこで、原告は、クラブ業界の右慣例に従い右保証債務を清算す必要に迫られ、そこで、このことを香川に相談したところ、香川から右保証債務を被告において支払うことはできないが、原告に支払のための資金を貸付けことができるということであったので、原告は、被告から右保証債務の支払のために必要とした約一六〇万円と、勤務先を変更したことにより必要とした案内状等の支度金とを合わせて合計二〇〇万円を借り受けることとし、被告との間で本件消費貸借契約を締結し、そして、原告は、被告から借り入れた右二〇〇万円を(ママ)右保証債務の弁済のために約一六〇万円を、残余を勤務先が変更となったことに伴う挨拶回りのための諸費用に費消した。

そして、原告は、このようにして被告から借り入れた二〇〇万円を前述のとおり原告の賃金から支払ったのであるが、クラブ「ロングリバー」店に勤務するようになってからも、その金額を明らかにしないが、クラブ「プアゾン」店の経営者に負った右保証債務の売掛債務者に対し売掛金の請求をし、このうちの相当額の支払を受けている。

そこで、先ず、原告の主張する本件消費貸借契約の公序良俗違反性の有無について検討する。

一般にホステスのクラブに対する顧客未収売掛金支払債務を連帯保証内容とする契約の公序良俗違反性の有無については、本件未収売掛金連帯保証契約の公序良俗違反性について前述したと同様に考えるべきところ、本件全証拠によるも、原告がクラブ「プアゾン」店の経営者との間で締結していた顧客未収売掛金支払債務を連帯保証内容とする契約が公序良俗に違反したことを認めるに足りる事情は認められないし、仮にこれが公序良俗に違反したとしても、これをもって本件消費貸借契約が直ちに公序良俗に違反し無効となるものとは解することはできない。すなわち、右のような借り入れの効力は、いわゆる動機の違法により問題となるべきところ、動機の違法により、そのような借り入れが違法となるためには、単に動機が表示され、かつそれが抽象的に違法というのみでは足りず、当該具体的動機の公序良俗違反の程度、当該借り入れにかかわる諸般の事情を総合的に考慮して判断すべきものである。

被告は、原告がクラブ「プアゾン」店の経営者に対して負っていた顧客未収売掛金債務の保証債務の支払のために借り入れることを了解して本件消費貸借契約を締結したのであるから、その動機は、原告と被告との間に表示されていたことにはなるが、原告の右保証債務が仮に公序良俗に違反した無効のものであったとしても、原告が自己の資金をもってその支払いをすること自体を違法ということはできないし、原告がクラブ「プアゾン」店を退職する時点においては、右保証債務額が確定するのであるから、原告が当該金額の多寡、転職の利益、未収金回収の可能性等を考慮し、自主的にその支払いをなそうとすることをもって、直ちに公序良俗に違反したということもできない。そして、原告が右支払にあてるための資金をクラブ関係者以外の第三者から借り受ける場合は勿論、被告ら同業他者からこれを借り受ける場合にあっても、それが事実上同業者である前店の経営者の利益につらなることを考慮しても、前店の経営者が原告の未収金の回収をはかるため、店を変えることを余儀なくさせ、被告ら新しい店の経営者も右事情を承知のうえ立替支払いの資金を貸付けた等の特別の事情又は原告の無思慮、困窮に付け込んだような不当な事情がない限り、右借り入れをもって公序良俗に違反するものと解することはできない。

前記認定事実によると、原告はなお自由な意思により本件借り入れをなし、前店の経営者に右保証債務の支払いをなしたものということができ、被告が右特別の事情又は原告の無思慮・困窮に付け込んだような不当な事情を認めるに足りる証拠もない。

したがって、本件消費貸借契約が公序良俗に違反した無効の契約である旨の原告の主張は理由がない。

さらに、原告は、本件消費貸借契約は前借金との相殺を禁止した労働基準法一七条に違反した無効な契約である旨を主張するが、本件消費貸借契約は、前述したとおり前店の経営者に対して負っていた保証債務の支払に充てるための被告からの借り入れであったのであるから、同法条に違反したことにはならない。

また、原告は、本件消費貸借契約は、差押禁止債権を受働債権とする相殺を禁止した民法五一〇条、支払賃金の四分の三に相当する部分の差押を禁止した民事執行法一五二条に違反した旨を主張するが、原告の被告に対する支払は、前述したところから明らかなとおり、原告の意思によりなしたのであるから、同法条には違反しない。

以上のとおりであるから、この点に関する原告の主張もその余の点について判断するまでもなく理由がない。

四  債務不存在確認について

本件未収売掛金連帯保証契約の有効性については前述したとおりであるから、原告の本件債務不存在確認請求は理由がない。

(裁判官 林豊)

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